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7月20日

現在みんなでシェア会をやっています。

生ゴミが少なすぎて乾燥気味の中身。ちょっと沢山入れすぎてベタベタになっている中身。これで良いのかなぁって気になる人もいますよね。大丈夫だよとか、ここにお水を入れましょうと言って試してみたり、みんなで色々やってみると自信がつきます。シェア会を来月119日の1時半から行いますので来てくださいね。参加費は500円です。 




1213日新しいコンポストのお試しです  写真を入れる

  


水を汚さない工夫

食器食事をした後の食器は上子で拭いて流しに持っていきます上子は一番良いのは綿です下着とかTシャツとかそんなのの古くなったのを10センチから15センチ角で切ってもらっておくとそれをいつも置いとくんですねでそれで全て吹きますそうすると洗面器の中に入れても油が浮くことがないほどきれいになっていますそこで茶碗などは茶碗はお湯で洗います。お湯だとツルツルでピカピカできれいにいます。  




生ごみいのちゃんを開けるとすごくあったかい。毎日のゴミもそれから食べ残しも全部始末できるのでとっても楽しいです。


いのちゃんでできた堆肥を土と混ぜてプランターに入れました。とってもきれいな花が咲いたよ。










◎私の記録昭和41424日結婚するまでの話

結婚してからのお渡し

子育てについて

こども劇場に出会って

掛上さんに出会ってエルセランに出会う

添加物のないものと言うことで腸内の環境問題に関わる

ゴミgネットの動き

生協での暮らした付き合い

ヘルパーの資格を取る仕事に入る

3人で事業所を立ち上げる

新しい人と事業所を立ち上げる

人との関わりに不安を感じ南さんに講座をお願いする

カウンセリング講座で出会った人たち

講座の会場探しに翻弄する

心に不安を持っている人カウンセリングの学びを復習するための場所としてだいじょうぶを作る

資金繰りのこともあり

事業を立ち上げる

私が思っただいじょうぶの事業

カウンセリング講座で出会った人々

ケアマネを取るいきさつ

傾聴の学びを行う

認知症の学びを行う習う

認知症の家族の会)ひだまり喫茶室を立ち上げる

ネパールへ行ったこと


昭和40一年424日結婚式

土地が見つかり資金もないのに家を建てる

結婚式の前の最終打ち合わせに新築の家に来てみると電気はついていなかった。末のお店行ってろうそくを買ってくる

結婚式当日に1階の参加者の控え室で泥棒に会う

旅行のお金はとられてしまったが、切符は残っていたので結婚式の参加費で旅行に行く

5月に結婚の結婚式の写真のビデオの試写会をわが家で行いその時のみんなで歌ったそこでコーラスグループエアーメールクワイアが結成される

練習会場として扱われ夜遅くまでワイワイ楽しくハーモニーが奏でられる。私は寝るところがないので押し入れの中で寝た

毎回みんなが来てくれて歌って飲んでお酒が足りないと分子梅酒が飲まれた。みんなが来なくなって梅酒が減らなくなった。

やめる桑畑春美家の家族はいつも楽しく旅行に餅つきに家族ぐるみで参加した。何せ新築の家に餅つきの会場を当てるっていうのは意外と多かったなぁ。

18年目の10年目やっとこコンサートは沼幅の鵜沼福祉センターで行われた。子供たちがいっぱい参加して楽しかったなぁ。

エアメールクワイアのコンサートは若宮町通りに会場で行われた素晴らしい音が聞こえたその時からかなぁ。ようちゃん、鶴さんが楽譜探してるよ。そんなことないよーちゃんと用意したから。その頃から色々とわからなくなってきたような気がするなぁ違うかな最初は大丈夫だったのかな。お父さんの認知症は会社にいる時、半年に1階位脳の検査に行っていた。3回目ぐらいに病院に一緒についていって年相応に始まっていると言われた薬だけを飲むように先生に頼んで畑佐医院で処方箋をお願いした。その後私が、NPO法人だいじょうぶを立ち上げてそんな勉強会に行くようになり岐阜の奥村先生の講演を2回ほど聞いた。10項目位の認知症にならない方法を放されたでも。コーラスもやりスポ少の指導もやり、子供たちの放課後子ども教室の旅行も好きやでにも思い当たらないような気がして奥村家脳の検査長谷川式をやってもらってやはり認知症と判断された。畑佐医院の先生は絶対田辺さんがありえないと言って怒ってたけどその後何年も行ったところで、海馬の萎縮が始まっていると言われた。薬がきちんと飲めなくなった。袋に人1回分ずつ分包して置いておくことになった。事務所に一緒に通うようになった。洗濯干したりたたんだり、野菜を切ったり重たいものを持ったり留守番をしたりそんなことをしてもらった。今現在令和44月。3年ほど前は留守番をしていると電話は何時何分誰がどんな用事でメモしておいてくれた不思議だけどね。玄関に来たお客さんの事は書類が置いてあるから誰かがきたんだねって言っても男の人女の人って聞いても不思議だと思わない。最近は家にいると洗濯はタイマーで動いてくれているので干して畳んで仕事。家では何かをしなきゃいけないと思っているようだけどどうしていいのかわからなくてウロウロ。コロナで旅行に行くこともなくなったので気分転換ができないよね。




認知症を支える会支え合う街金

認知症は最初から徘徊が始まるわけでも不潔行為を行うわけでも暴力行為を行うわけでもありません。何か変だな最近起こる俺っぽくなったななんとなくぼーっとしてるよそんなところから認知症かなって状態ですね。それを毎日毎日関わっている家族周辺の人は不安や怒りや焦燥感を味わう不安味わっていきます。そんなことをお腹の中に溜めないでいっぱい喋ってみませんか。不安なことが共感できたり安心できたり ^_^解決できたい。そして家族の不安も本人の認知症本人の安心にもつながると思いますそんな街を作っていきたいと月に一塊回を待ちます  




今関わっている人の話をします。相談に来ている人は50いくつ、お母さんは90に近い人です。4年ほど前にお父さんが亡くなり現在1人で母さんは住んでます、ではなくて、相談に来ている娘さんが一緒に住んでいます。娘さんは以前結婚していましたが娘さん自身がうつ病そしてご主人も鬱と言う状態で回復に向かう時に娘さんが私のやっているだいじょうぶにご飯を作るお手伝いに来てくれていました。そして元気になり資格を持っている放課後放課後子ども教室に仕事を始めました。順調に進んでいたんですがご主人ご主人がアル中になり大声を出したりするようになりました。娘さんは強くて時々家を出るようになりましたそして私のところにも相談になってどうしても人には折れないと言うことで離婚のするために家を出ました。娘さんたちも新しい家に住み込み入りました。長男さんは東京の方でもう仕事に入っていました長女さんも入っていました。次女さんが鬱でやはり仕事ができないと言うことでだいじょうぶでご飯の作るお手伝いをしてくれていました。自立するためにバイトを始めました。長女さんも鬱が出てきて鬱があり、だいじょうぶにお手伝いに来ていましたが彼に短い期間で受験をするために秋田のほうに行き現在は、東京で一人暮らしをしてバイト生活をしています。時々発作が出て仕事を変わったりとか休むって事はありますがとりあえず何とかなっているようです。で相談に来ている娘さんが家賃も大変なのでお母さんの家に同居することになりました。なかなかお母さんは自分が手だって言うことで娘さんにやってもらうことを嫌ったりとか自分のやっていることに対して娘さんに不満をぶつけてはいました。最近娘さんが毎日と言うほどに話を出しに行きます。お母さんが今日はえらいでお風呂に入らんと言われるのでお風呂を入れるのをやめて自分たちもシャワーにしました。夜中にお母さんは起きてあんたは何やね私を冷たい風呂中に入れたいのかねと言うふうに怒るそうです。一緒にいるって事はどういうことやねんって言って怒ってみたりとか。はじめのうちは毎日やってる事は本人にとってやっといて欲しいってことなのでお風呂は入れておいて自分たちも入ったらいいよとかまぁ水が出っぱなしでもそれはしょうがないから黙って閉めるんだねとかって言ってたんですが最近はどうもそうではなくて理由のもなくあんたが居るから私は困るんじゃないのとか私を殺す気金とか暴言を図れるようになりました娘さんは一人っ子ですのでお母さんの言葉を全部受けなきゃいけなくて血圧が高くなったり心臓が張り裂けそうになって病院へ飛んでいくと言うことが続いていましたある時、ある時お母さんの子供の頃の話を聞きましたお母さんは生まれてしばらく経った時に自分のお母さんがなくなり面倒を見る人がいなくておじさんとかおばさんの家を転々とされその後次の日お母さんがこられてまたそのお母さんのところで生まれた弟さんが2人いるそうです。娘さんの話によるとお母さんはそれで困ったと言うことも苦痛を感じたこともないようでしたでも私はお母さんのその怒りとかどうしていいかわからない気持ちと言うのは心の言葉では出せない心の傷だったんだと思います。インナーチャイルドがあり自分が我慢してたことを言葉には出せなかったことが今出てくる出てきてるんじゃないかなと思いました娘さんともいろいろ話をしましたが娘さんもお母さんの言葉の暴力に耐えられなくなってアパートアパートに引っ越すことにしました毎日アパートからお母さんの家に様子を見に行っては傷ついて私のところに行きますそれで先日お母さんのインナーチャイルドが起きてくるそれはあなたが一人っ子で何の苦労もせずにいることに対する怒りで出てくるんだと思うからそのままアパートに別々に住もうよと提案しました。心配はいっぱいあるけどあなたが仕事にいってるんだったらその時に起きてる起きてたことに対しては誰も何も言えないと思うよだから家を離れたとしても同じことが起きるんだと思う思って様子を見に行くのをやめようよと提案しました。そう思う私もこんなに血圧が上がったりもうほんと苦しい息ができないほど苦しいのが2日ほど辛くなったら楽になっていくって言うのを買っているので私もそうしたいと言いました。何かが起きたとしてもそれは仕方がないと思うねと言うことで実行してもらってます。お母さんの主治医である先生は娘さんにそんなことをしてできるわけがないと言って怒られるそうですが私は娘さんもお母さんも自分の思いを貫くためには今これしかないと思って相談に乗っています。